『三日間の幸福』生きるということの美しさを知りたい方へ

幸福。幸せという言葉。最近、胸を張って自分は幸せだと言えることは、そうないと思う。そんなあなたに読んでもらいたい。幸福の形は人それぞれだということ。この本を読むことで、あなたの人生を見つめ直すいい機会になると思う。

僕は、どちらかと言えばハッピーエンドよりもバッドエンドが好きなんだけど、もっと好きなのは、ハッピーエンドっぽく終わりつつも報われない物語が非常に好き。

そして、この三秋縋さんの『三日間の幸福』は、そんな僕の好みに非常にマッチしていた。こんなに好みの小説に出逢えたのは、久しぶりでとても良い買い物をした。

僕と似たような、感覚の方にはぜひ読んでもらいくらいオススメの小説。

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今回読んだ小説『三日間の幸福』のあらすじ

どうやら俺の人生には、今後何一つ良いことがないらしい。
寿命の“査定価格”が一年につき一万円ぽっちだったのは、そのせいだ。

未来を悲観して寿命の大半を売り払った俺は、僅かな余生で幸せを掴もうと躍起になるが、何をやっても裏目に出る。
空回りし続ける俺を醒めた目で見つめる、「監視員」のミヤギ。
彼女の為に生きることこそが一番の幸せなのだと気付く頃には、俺の寿命は二か月を切っていた。

ウェブで大人気のエピソードがついに文庫化。

~ 引用 Amazon 『三日間の幸福』三秋縋 商品説明 より ~

僕の小説の読み方

僕は、小説っていうものは、始まった時点で結末が決まっていて、読んでいる途中で結末の予想がある程度できて、あくまでその結末に向かっての過程を楽しむという読み方をすることが多かったと思う。

だが、今回読んだ小説では、それを裏切られる形となった。

まず、読み始めた時、いつものように結末を予想しようとしていた。

きっと、幼馴染と幸せになるんだろうなーとか。こいつ、実は主人公が忘れているだけで、幼い頃に会っていて、その時に何かあって、その恩返しに来てんじゃないのか? とか。寿命を売るとか言っておきながら、結局はなんやかんやで、寿命が伸びて幸せになるんじゃね? とか。

読み終えて思うが、全部的外れだった。それどころか、自分が予想した結末なんかよりもはるかに良い終わり方で、この物語は、これ以上ないくらいの幸福を表していたと思う。とても美しい物語だった。

生きるということ

この小説では、命の価値とか、亡くなることそのものについての価値観ではなく、なんて言うんだろうな、あえて言うなら「生き方」に焦点をあてているのではないか? 人生の終わりというものを実感した時に、初めて生を実感できるというか、そういう「生きる」とは? という概念を形にしたものなんだと感じた。

なにより、前半の主人公の考え方、世の中の捉え方というものが、自分とほとんど同じで、共感できる部分が多かった分、読み終わった後は、とても考えさせられるというか、感慨深さが大きいものになっていた。

果たして自分は、どれだけの「今」を生きてきたのだろう、と。そしてこれから、どれだけの「今」を生きられるのだろう、と。

果たして自分は、これまでちゃんと「生きて」いたのだろうか? そしてこれから、ちゃんと「生きて」いけるのだろうか?

何を言っているんだ? と思うかもしれないが、読み終わって思ったことは、やはり「生きる」ということそのものだった。

僕にとっての幸福

生物学上において僕は、これまで生きてきたし、今現在、生きているんだと思う。

じゃあ、これまで生を実感して生きてきたのかと問われれば答えはNoになる。だからといって、この小説を読んで、色々考えさせられたから、これから生を実感して生きていけるのだろうか? と、問いかけられたとしても、答えはNoだとも思う。

人生には終わりがあるから生もあるように、生もまた終わりを感じなければ、実感できないのだろう。

では、この小説を読んだことに意味はないのだろうか? いや、そんなことはないだろう。

生を実感した人間の美しさを知ることができた。そして、幸福というものの捉え方の一つを知ることができた。何より、自分に対する間違い、勘違いに気づくことができた。

これだけでも、少なくとも意味はあるだろう。

少し、これからの人生について悩んでいる今、この小説に出会えたことは、僕にとって幸福なことだったのかもしれない。

多分、その三日間は、
俺が送るはずだった悲惨な三十年間よりも、
俺が送るはずだった有意義な三十日間よりも、
もっともっと、価値のあるものになるだろう。

~ 引用 『三日間の幸福』三秋縋 ~